テレビの付喪神の物語

テレビの付喪神誕生 井神智志の時代

「あと少しで付喪神になれるのに……」

1927年にテレビに「イ」と表示されてから90年以上がたった。
2011年、アナログ放送が終了し、同時に液晶テレビへの買い替えでブラウン管テレビの時代が終わった。

井神智志は疲れ切っていた。
自分自身では普通のどこにでもいるようなサラリーマンだと思っていた。
連日の残業と休日出勤で体は寝不足でボロボロになっていた。
ゲームが好きだったが、遊ぶ時間も心の余裕もなくなっていた。
自殺する気力すらなかったおかげで生きていた。
そんな働き方をして一年と数ヶ月、井神はとうとう精神を病んだ。
ミスだらけになり、まともにできなくなった仕事は申し訳なさから自ら退職した。
しばらくはアパートに暮らしていたが、家賃のこともあり実家に戻った。
何も手につかず一日をぼーっと寝て過ごすことが多かった。

部屋の隅には古くなったブラウン管テレビが置いてあった。
学生の頃に買った16インチの小さなテレビ。
実家にの部屋に置いたままになっていた。
テレビにはゲーム機がつながっていた。
これも学生のときに買ったゲーム機だ。
学生時代はいろいろなゲームをやっていた。
格闘ゲームが流行っていた頃は、ゲームセンターにもよく通っていた。
ホラーゲームにハマったのは、ゲームセンターの仲間が就職していなくなった頃だったか。
昔を思い出してゲームを起動してみたが、面白く感じることもできずすぐに消した。

「もうダメかもしれないなぁ……」

好きだったゲームすら楽しめない自分に絶望した。
もぞもぞと布団に潜り込み、肩を震わせた。
最近よくやることだった。
死ぬ気力すらないことは、良かったのか悪かったのか。
誰か俺を殺してくれと、井神は死を願っていた。

「ねぇ、だったらその体……、ボクに頂戴」

消したはずのテレビから音が聞こえた。
見れば、砂嵐に白い丸がふたつ浮いている。

「捨てるくらいならその体、頂戴。いらないんでしょ?」

「……もらってどうするんだ?」

「ボク付喪神になりたい。でもまだ力が足りない」

男とも女ともわからない、抑揚すらない声が言う。
付喪神。
百年を超えた古い道具が、変化して命を得るという大昔のおとぎ話。
作られてまだ百年どころか半分にも満たないテレビは、足りない力を人の命で補おうとしていた。

「……付喪神になってどうするんだ?」

井神は聞いた。
すぐに答えはなかった。
悩んでいるような雰囲気がテレビから伝わってきた。
うんうんと唸ったような感覚のあと、返事がきた。

「……付喪神になってから考える」

特に付喪神になってやりたいことはないらしい。
こんな世界に生きても碌なことなどないと、言いかけてやめた。
言ったところで何になるのか。
目標もやりたいこともなく、だらだらとした生き方を選んだのは自分自身だ。
これから産まれる新しい命には関係ない。
むしろ希望を持って生きて欲しい。
自分の代わりに……。

「じゃあ、何かゲームをやってくれないか。お前の好きなゲームでいいから。そしたらこの体をやるよ」

今度は歓喜の感情が伝わってきた。
無邪気に喜ぶテレビに、井神も少し嬉しかった。
優しい気持ちのまま意識は暗い闇に沈んでいった。

「ボク、井神智志」

真っ暗な部屋の中、テレビ頭の男が立っていた。

未来、新しい体 遊神ゆうきの時代

執筆中

タイトルとURLをコピーしました