ボクはテレビの付喪神の遊神ゆうき。
VtuberとしてYoutubeでホラーゲームの実況をやってる。
オカルトな話が大好きで、そのせいか、ときおりおかしな話が舞い込んでくる。
猿野さん
この話は佐々木陽菜乃さん(仮称)から教えてもらった、彼女がまだトー横キッズと呼ばれていた頃の話。
時期は身バレが怖いからごまかしてってお願いされているので内緒で。
トー横キッズってのは、東京都新宿区にある新宿東宝ビル周辺に集まる若い人達のこと。
陽菜乃さんはキッズと言われるのが嫌だったそうだけど。
ボクは行ったことがないのでよくわからない。
どうやら暇な子たちが集まって、どうでもいいおしゃべりをしてるらしい。
ただ、暴力事件やパパ活とか援助交際という売春で社会問題にもなっている。
陽菜乃さんもパパ活でご飯を奢ってもらったりしていて、気に入った相手とは何度か体の関係になったこともあったそう。だけど、体で稼ぐ気にはならなかった。
親は仕事ばかりで小さい頃からひとりで過ごすことが多く、トー横に行っていたのも暇すぎるから。そんなにお金に困っていたわけじゃない。
そんなパパ活のパパのひとり、猿野さん(仮称)。見た目が細くて背も小さく、顔も小さくてなんだかお猿さんみたいだったという猿野さん。
猿野さんはちょっと陰気な感じはあるけど、優しくて嫌味もなく、陽菜乃さんがくだらないことを言ってもニコニコ笑ってくれた。何より体を求めてこないところが一緒にいて安心できる人だった。
出張で東京に来ていて、夜は暇だし、お酒が飲めないからそういうお店も行きづらい。ちょっとした話し相手を探していたと言って、陽菜乃さんを誘った。
週に一、二回。話しながらご飯を食べて、食べ終わったらすぐバイバイする関係だった。
そんな猿野さんと最後に会った日。
「ごめんね。もう会えないんだ」と猿野さんから告げられた。
「えー、そっかー。残念」
猿野さんから理由は言われなかったし、陽菜乃さんも別に聞かなかった。
長期出張と聞いていたし、出張が終わるんだろうくらいにしか思わなかった。
「それでね。最期だから、陽菜乃ちゃんにお守り買ってきた」
そう言って、カバンから黒い巾着を渡された。
大きさは学校で使うノートを半分にしたぐらい。紐も袋も真っ黒。厚手な生地で最初はアクセサリーだと思ったそう。
開けようとしたら、ここでは開けないよう止められた。
「中身は猿の手っていうもので、三つだけ願いを叶えてくれる。結構、気持ち悪いから中身は見ないほうがいいよ」
そう笑って猿野さんは席を立った。
すでに食事は終わっていたから、そのままお店を出てバイバイ。
その後、猿野さんには会ってない。
陽菜乃さんも次の予定があって、猿の手をカバンにいれたらすっかり忘れてしまったそうだ。
彩乃ちゃん
思い出したのは、友達が困っていたときのこと。
その当時、トー横で仲の良かった女の子で、名前は彩乃ちゃん(仮称)。名字は知らない。
彩乃ちゃんが失恋でひどく落ち込んでいた。
どうにかしてあげたいと思った陽菜乃さんは、気休めになればと猿の手を渡した。
陽菜乃さんから見ると、ちょっと天然入ってる彩乃ちゃんは、そんなわけのわからない物でもとても喜んでくれた。
巾着を両手にはさんで、祈るように、必死に願ってた姿がかわいくて今でも思い出せるという。
「きゃあ」
悲鳴をあげて、彩乃ちゃんが巾着を放り投げた。
彩乃ちゃんの顔は真っ青になっていて、手がブルブルと震えている。
「彩乃、大丈夫?」
陽菜乃さんが声をかけ、怖がる彩乃ちゃんの肩を抱きしめる。
彩乃ちゃんはときどき昔を思い出して暴れることがあり、陽菜乃さんはいつもこうして抱きしめて落ち着かせていた。
周りの人もいつものことだから、チラチラ見てきても近づいてこない。
落ち着いてきた彩乃ちゃんの様子を見て、陽菜乃さんは巾着を拾ってきた。
「動いた……」
持ってきた巾着を指差して彩乃ちゃんが言う。
動くものが入っていたのかと陽菜乃さんが中を確かめようとしたところで、彩乃ちゃんのスマホが鳴った。
元彼からメッセージが来たらしい。
さっきの落ち込みはなんだったのかっていうくらい元気になった彩乃ちゃん。
その様子を見てほっとした陽菜乃さん。
巾着をカバンに投げ入れたあと、きゃあきゃあとメッセージをやり取りしながら喜ぶ彩乃ちゃんを、陽菜乃さんは黙って眺めてたそうだ。
元気に騒ぐ彩乃ちゃんの様子を見て、陽菜乃さんは猿の手のことをすぐに忘れた。
結局、復縁することになったそうで、よかったねーと一緒に喜んだ。
それから数週間。会う度に嬉しそうに彼氏の話をする彩乃ちゃん。
陽菜乃さんは、他人の恋愛話を聞いても楽しくなく、ちょっとだけうんざりした。
そのうち彩乃ちゃんは彼氏と一緒に暮らすと言って、トー横にこなくなった。
「幸せになってるといいなぁ」
願いと両親
その後はしばらく、いつも通りパパ活しながら過ごしていた陽菜乃さん。
ある日、スマホゲームで課金しすぎてお金に困ってしまった。
どうしようか悩んでいるうちに、ふと、猿の手を思い出した。
巾着を取り出し、お金が欲しい。大金が欲しいと願った。
もぞっと、手の中に挟んだ巾着が動いたような気がした。
気持ちの悪い感触で我に返った陽菜乃さんは、こんなんでうまくいくならこんなところに来てないよなーなんて、自分のやったことに呆れたそうだ。
カバンに戻す気にもなれず、つまんでぶら下げていると三人くらいのグループがやってきた。
「陽菜乃、なにやってるのー?」
「あー、いや別に何もしてないけどー」
「噂で聞いたんだけどさー。復縁できるなんか良いもの持ってるって聞いだんだけどー」
「あー、これ? いいよあげるよ」
「マジで? ありがとー」
気味悪かったし、いろいろ面倒くさくなって、軽く説明して猿の手をあげてしまった。
あんまり仲の良い子じゃなく、顔は知ってても名前は知らない子とのこと。
結局、解決してない課金代をどうしようか悩んでいるとスマホが震えた。
見れば知らない番号だ。
パパかと思い、課金代、奢ってもらえないかなーなんて思いながら通話に出た。
知らない女の人からだった。
聞けば、両親が交通事故で死んだという。
ショックは受けたが、小さい頃からいつも仕事で家にいない両親だ。
ここ数年は家に帰ってないこともあって、悲しいという気分にはあんまりならなかった。
仕事ばかりしていたこともあって、結構な金額が遺ったらしい。
葬式やいろいろな手続きは、親戚のおばさんが全部やってくれた。
そのおばさんがいい人で、遺産は陽菜乃さんのお金だからと学校とか必要な金額以外は手を付けず、卒業するまで面倒みてくれたと笑っていた。
その後は、おばさんがどんなにいい人なのかってことがたくさん書いてあった。
電話をしてきたのもそのおばさんだそうだ。
その後、陽菜乃さんは就職して、今はコールセンターで働いているという。
本当に猿の手が願いを叶えてくれたのか、陽菜乃さん自身も半信半疑らしい。
ブログに書いていいか確認したところ、「不思議な話だけど怖い話じゃないし、人に話すことないからいいよ」とのこと。
感想
陽菜乃さんのお話、どうだったかな。
猿の手ってW・W・ジェイコブズさんっていうイギリスの小説家さんが書いた短編ホラー「The Monkey’s Paw (訳:猿の手)」に出てくる呪物。
話の中では、一人につき三つの願いを叶えてくれる猿の手のミイラとなっている。
猿の手は、インドの修行者のまじないがかかっており、運命を捻じ曲げようとする者には厄災が起こるらしい。
猿野さんはこんなものどこで買ってきたんだろう。自分では使わなかったのかな?
陽菜乃さんも中身を直接見てないし、本当に猿の手だったのか怪しい。
本当に効果があったのか、それともただの偶然だったのか。
教えてもらった話だから、嘘か本当か、誇張や勘違いもあるかもしれない。
ただ、嘘をつくならもっと怖い方がネタになる。
もしかすると、今でも復縁アイテムとしてトー横のどこかに猿の手があるのかも⋯⋯。
なんて思うと面白いね。